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日本の明治産業遺産

歪曲される現場と隠蔽された真実

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ジョン・ジョングンは長崎県の西彼杵郡の崎戸町で発見された埋火葬認許証に朝鮮人が含まれていることをあげ、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会に真相調査を申請しました。
委員会は埋火葬認許証の分析を通じて当時の朝鮮人労務者の現場での実態を考察することができると考え、2005年4月15日、第7回目の委員会で真相調査の開始を決定しました。
崎戸町では1886年に海底に炭層が発見され、炭鉱村として開発されました。三菱鉱業崎戸炭鉱は朝鮮人が大規模に動員された有数の作業場でした。朝鮮人がここで働いたのは1910年代の初め頃からであり、炭鉱で朝鮮人が占める比率は1943年の場合、全坑内の労働力の3分の1ほどになり、約1700人の朝鮮人が働いていたことがわかります。
1980年代、崎戸での朝鮮人強制動員の調査により、埋火葬認許証が収集されました。委員会はその中で、1940~1945年の崎戸町「埋火葬認許証交付簿」に登録されている朝鮮人死亡者を調査・分析しました。死亡者全体を目録にし、死亡者の年齢、職業、死亡原因などさまざまな傾向を把握し、死亡に至った経緯を分析しました。
埋火葬認許証を分析した結果、次のことがわかりました。①16~30歳の青少年の高い死亡率は崎戸炭鉱での労働と関連がある。②慶尚道と全羅道出身が全体の死亡者の88.6%を占めていることから、崎戸に動員された朝鮮人はほとんどが嶺南と湖南で募集したという関係者の陳述と合致する。③死亡者211人のうち、114人の職業が炭鉱労務者である。④死亡原因としては、坑内での事故が14.2%を占め、この中でも落盤による死亡事故が最も多い。変死が28件確認されているが、殴打などの過酷な行為によって死亡したと推定される。坑外での事故と疾病による死亡者も143人、全体の67.8%を占めている。
朝鮮人死亡記録の調査から、三菱鉱業崎戸鉱業所に動員された朝鮮人の被害実態を具体的に知ることができます。三菱鉱業が長崎県で所有していたほかの炭鉱でも同じような状態であったとみられます。世界遺産となった高島炭鉱・端島炭鉱での朝鮮人労働者の状況を理解する上で重要な報告書であると考え、ここで紹介します。
長崎県崎戸町埋火葬認許証記載、朝鮮人死亡者問題の真相調査 (韓国語) [PDF] download

 
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