• 東海の中の独島
  • 争点からみた独島
  • 独島、鬱陵島からは見える
〈図 1〉『世宗実録』「地理志」(1454)
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14世紀に書かれた牧隱李穡の詩集『牧隠詩藁』に風日清明という一節が出てくる。『天気がよく節気にうってつけだ」という文句である。[註 133]ここでの風日は「風の吹く日』と解釈することもできるが、通常の風と天日と解釈して「天気」を指す。清明は澄んだ明るさなので、雲のないきれいな青い空のことをいう。韓国の澄んだ秋の天気を描写するために使われる表現である。
そして、15世紀に書かれた『高麗史』「地理志」にも風日清明が出てくる。「于山と武陵は本来二島であるが、互いに距離が遠くなく、天気がよければ眺めることができる」[註 134]とあるが、15世紀の『世宗実録』「地理志」の風日清明という表現と一致しており、[註 135]〈図 1〉東の海にある二つの島(鬱陵島と独島)は、互いに見えるという話につながっている。
18世紀の『輿地図書』にも風日清明が出てくる。「鬱陵島、または芋陵島と呼ばれ、府の東南の海にある。三つの峰が及業として空を支え、南の峰はやや低い。(三峰は「そのうち南の峰は」とも解釈可能)。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々と見ることができる。」[註 136]とあった。
〈図 2〉独島、鬱陵島、済州島の面積比較
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また、17世紀には『鬱陵島事蹟 』 [註 137]に三陟営将張漢相が粛宗の命を受け、肅宗20年(1694)9月19日から10月3日まで鬱陵島を調査、討伐しながら作成した内容がある。張漢相は「西には大関嶺がうねうねとしているのが見え、東に海を見ると南東に島一つがかすかにあるが、大きさは鬱陵島の三分の一もなく、距離は三百余里(約117.8 km)に過ぎない」とした。現在の計算法で測定すると、独島は鬱陵島の1000分の3の面積に相当する〈図 2〉。韓国で最も大きな島である済州島と鬱陵島、独島の大きさを比較すると、独島はさらに小さな島であることがわかる。また、鬱陵島と独島二つの島の距離は現在の計算で222.3里(約87.4km)に該当するので、距離の予想は近い。
鬱陵島から天気がよければ南東遠くに島が見えるという昔の記録があることから、先祖が独島に関心を持っていたことがわかる。
鬱陵島から独島が見えるという事実は、本書の前章で言及したように、鬱陵島と独島が一つの空間であり、独島は韓国の領土であることを証明する重要な証拠になる。鬱陵島と独島の間の距離が87.4kmであることを考慮すると、鬱陵島からの可視距離[註 138]が非常によいとき、独島が見えるということである。したがって、鬱陵島から独島が見えた気象の特徴とよく見ることができる気象条件を分析・調査するためには、可視距離について知る必要がある。
〈図 3〉独島の日の出が最もきれいに見られる時
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可視距離を悪化させる直接的な原因は、大気中に浮遊する小さな粒子だが、局地的に風、大気安定度、混合層高度などの気象因子と総観気象場が重要な役割を果たしている。 [註 139]海上では、霧や降水、特に海霧が頻繁に発生して可視距離が低下し、鬱陵島では7月に最も多くの霧が観測される。[註 140]東海では、沿海州地域から南下する北韓寒流と大韓海峡を通過して北上する東韓暖流が交わって水温前線帯を形成し、海霧が発生する可能性が高い。[註 141]この東海地域で発生する海霧は、夏のモンスーン(梅雨)の影響を受け、海洋条件より大気条件の変化と密接な関連がある。
東海の海霧と可視距離との関係については、多くの研究者によっていくつかの事実が確認されたが、他の気象現象及び気象要因との関係と鬱陵島地域に対する調査は行われていなかった。
本研究では、東海に位置する鬱陵島の可視距離に影響を与える気象条件はどのような特徴を持ち、海霧、降水などの気象現象が、鬱陵島から独島が見えることとどのような関係があるのかについて調べた。またこれらの特徴により、鬱陵島から独島が見える気象条件だけでなく、最もきれいな独島の日の出がいつ見られるのかについても調べた。〈図 3〉。

 
[註 133]
李穡(1379)、『牧隠詩藁』清明節: 「風日清明 應曆書」
[註 134]
『高麗史』(巻五十八、地理志第十二、地理/東界/蔚珍縣): 「一云 于山 武陵 本二島 相距不遠 風日清明 則可望見」
[註 135]
3 『世宗実録』「地理志」『世宗実録』「地理志」: 「于山 武陵二島在縣正東海中(二島相去不遠 風日清明 則可望見)は「于山と武陵二島は県の真東の海の中にある(二島は互いに距離が遠くなく、天気がよければ眺めることができる)」いう意味である。
[註 136]
「『輿地図書』(江原道/三陟/古跡): 「鬱陵島 一云羽陵島 在府東南海中 三峯岌嶪撑空 南峯稍卑 風日清明 則峯頭樹木 山狼沙渚 歷歷可見」
[註 137]
張漢相(1694),『鬱陵島事蹟 』
[註 138]
可視距離は、見える距離や視程(visibility)、視程距離と同じ意味である。
[註 139]
オ・ヒョンソン、ユン・スンチャン(1995)、「視程悪化に影響を及ぼす大気汚染及び気象場の特性」、『韓国大気環境学会』、125〜129頁。
[註 140]
ソ・ジャンウォン、イ·ヒョンジョン(2000)、「鬱陵島周辺海域の海霧の特徴及び予測研究」、『韓国大気環境学会誌』、258〜262頁;ソ・ジャンウォン、オ・ヒジン、アン・ジュンベ、ユン・ヨンフン(2003)、「東海の海霧予測システム研究 」、『韓国海洋学会誌 』、121〜131頁。
[註 141]
アン・ジュンベ、ナム・ジェチョル、ソ・ジャンウォン、イ・ヘジン(2002)、「海霧予測モジュール開発と鬱陵島海霧事例適用研究 」、『韓国気象学会誌 』、155〜164頁。
[註 133]
李穡(1379)、『牧隠詩藁』清明節: 「風日清明 應曆書」
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[註 134]
『高麗史』(巻五十八、地理志第十二、地理/東界/蔚珍縣): 「一云 于山 武陵 本二島 相距不遠 風日清明 則可望見」
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[註 135]
3 『世宗実録』「地理志」『世宗実録』「地理志」: 「于山 武陵二島在縣正東海中(二島相去不遠 風日清明 則可望見)は「于山と武陵二島は県の真東の海の中にある(二島は互いに距離が遠くなく、天気がよければ眺めることができる)」いう意味である。
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[註 136]
「『輿地図書』(江原道/三陟/古跡): 「鬱陵島 一云羽陵島 在府東南海中 三峯岌嶪撑空 南峯稍卑 風日清明 則峯頭樹木 山狼沙渚 歷歷可見」
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[註 137]
張漢相(1694),『鬱陵島事蹟 』
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[註 138]
可視距離は、見える距離や視程(visibility)、視程距離と同じ意味である。
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[註 139]
オ・ヒョンソン、ユン・スンチャン(1995)、「視程悪化に影響を及ぼす大気汚染及び気象場の特性」、『韓国大気環境学会』、125〜129頁。
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[註 140]
ソ・ジャンウォン、イ·ヒョンジョン(2000)、「鬱陵島周辺海域の海霧の特徴及び予測研究」、『韓国大気環境学会誌』、258〜262頁;ソ・ジャンウォン、オ・ヒジン、アン・ジュンベ、ユン・ヨンフン(2003)、「東海の海霧予測システム研究 」、『韓国海洋学会誌 』、121〜131頁。
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[註 141]
アン・ジュンベ、ナム・ジェチョル、ソ・ジャンウォン、イ・ヘジン(2002)、「海霧予測モジュール開発と鬱陵島海霧事例適用研究 」、『韓国気象学会誌 』、155〜164頁。
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