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日本人が知らない独島10の真実


日本の主張 安龍福の供述には信憑性がない。

韓国が独島領有権の主張の根拠として引用する安龍福の供述は事実と符合しない点が多く、日本の記録にはない内容もある。

日本の主張はこ嘘
安龍福の陳述、韓国と日本の文献が立証


安龍福の渡日活動によって、朝鮮と日本の間で鬱陵島の所属に関する論議があった。結果的に江戸幕府は鬱陵島と独島を朝鮮の領土と認めた。安龍福の活動についての朝鮮と日本の記録に若干の差があるものの、このような理由だけで安龍福の陳述自体に信憑性がないとするのは不当である。
※ 安龍福の渡日活動は、『粛宗実録』『承政院日記』『東国文献備考』などの韓国の官撰書や、『竹嶋紀事』『竹嶋渡海由来記抜書控』『因府年表』『竹島考』などの日本の文献に記録されている。
 
1696年の安龍福の二度目の渡日活動について、『粛宗実録』は安龍福が鬱陵島で遭遇した日本の漁師に、「松島は子山島(独島)で朝鮮の領土」であると主張し、日本に渡って日本人の侵犯に抗議したと記録している。
2005年、日本の隠岐島で発見された、安龍福の渡日活動に関する日本側の調査報告書である『元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書』は、安龍福が竹島(鬱陵島)と松島(独島)が朝鮮の江原道所属であると主張したと記している。この記録は『粛宗実録』に出てくる安龍福の陳述内容を裏づけるものである(資料8)。
日本は、1696年5月に鬱陵島で日本人に出会ったという安龍福の陳述についても、渡海禁止令が1月に下ったことを根拠に嘘だと主張している。しかし、1月に下った幕府の渡海禁止令は大谷・村川両家に直ちに伝達されたわけではない。朝鮮にも同年10月になってから伝えられた。したがって渡海禁止令が下ったのは1月であったという理由だけで安龍福の陳述が嘘であるという日本の主張は妥当とはいえない。
資料 8.『元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書』の口述調書の一部(1696年)
『元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書』の口述調書の一部(1696年)安龍福の二度目の渡日時の活動状況を記録した日本の文書であり、安龍福が竹島(鬱陵島)と松島(独島)が江原道に属する朝鮮の領土であると主張した、とはっきりと記録している。
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