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我が永遠の領土、独島(中学生用)


探究学習1


安龍福についての日本側の尋問記録を発見した。[教え方の説明]

17世紀末に日本に渡り、日本人の朝鮮の領土への渡海禁止措置を導いた漁夫安龍福が、日本当局の尋問を受けた時に、堂々と鬱陵島と独島は朝鮮の領土であることを明かした記録が発見された。
日本の島根県で発行されているある新聞は、2005年5月17日に県内の旧家の倉庫から「元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書」という古文書が見つかったと明らかにした。新聞は、この古文書が1696年、安龍福など11人が船に乗って鳥取藩に向かう途中に隠岐の島に立ち寄った際、日本当局の尋問を受けた調書だと思われると伝えた。
安龍福の尋問文書1696年、安龍福が伯耆州太守に、日本の漁夫たちの侵犯について抗議しに行った日本側の記録である。
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文書によると、安龍福は渡航の目的について「伯耆(今の島根県)の太守に訴えるために来た」と話した。安龍福は日本の官吏の尋問に対し、鬱陵島は日本で言う「竹島」だとし、朝鮮八道の地図を取り出して江原道に鬱陵島が示されていることを見せた。また、松島も「子山」と呼ばれる島で、江原道に属しており、地図にも示されていると説明した。
新聞は「これまでの(日本の)資料では、安龍福が言う子山(または于山島)がどの島を指すのか曖昧だったが、(安龍福が)『竹島(当時の鬱陵島の日本名)と朝鮮之間三十里、竹島と松島(現在の独島)之間五十里』と位置関係を説明している記述などから、現・竹島(独島)を指しているとみられる」と伝えた。
また、文書の末尾には「朝鮮之八道」が記され、江原道には注釈として「この道の中に竹島と松島がある(此道中竹嶋松嶋有之)」と書かれ、松島(現・竹島)も朝鮮領と認識していたことがうかがえる。
-『京郷新聞』、2005年5月18日付-
 
探究学習 1
1.資料を読んで、単元6を参考にしながら安龍福が日本に自分の地位をどのように説明したのか話してみよう。[答え]
2.資料を見て、鬱陵島の行政区域が今日とどう違うのか話してみよう。[答え]
 

 
教え方の説明
単元6で扱った安龍福の活動内容を参考にして、安龍福の業績が日本の文書ではどのように記録されているのか比較するようにした。安龍福が日本で自分の地位をどのように説明したのかについて話すことで、当時の朝鮮の外交政策についても討論してみる。また、資料を通して、朝鮮時代には鬱陵島が行政区域上江原道に属していた事を理解させ、今も鬱陵島へ向かう旅客船が慶尚北道だけでなく江原道からも出発するという事実を説明する。
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答え
1.鬱陵・于山両島監税将
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答え
2.江原道に属していた。
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