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我が永遠の領土、独島(中学生用)


単元5の参考資料


1 古地図の中の独島

△「八道総図」『東覧図』16世紀木版本、29.5×34.0cm、個人所蔵
朝鮮の大きな山と主な河川・道名・主な島だけを示した簡略な地図である。
島としては鬱陵島と于山島が別に表示されている。
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△『海左全図』19世紀中期、木版本、28.5×34.0cm、個人所蔵
独島の昔の名称である「于山島」という表記が黒い丸の中に鬱陵島と共に
正確に表現されている。
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朝鮮時代の前期に制作された『朝鮮本天下輿地図』のような世界地図でも、独島を描いて「于山島」と表示していた。これは、鬱陵島と独島に対する強力な領土意識の表現と見ることができる。
しかし、17世紀までは多くの地図で于山島が鬱陵島の西に描かれていた。これは、朝鮮時代前期の地理誌の集成編である『新増東国輿地勝覧』に収録された「八道総図」および「江原道」地図の影響と思われる。これは印刷されて配布されたため、民間に及ぼした影響が非常に大きかった。「八道総図」には鬱陵島と独島が縦長の楕円形で描かれており、この地図をそのまま写した後代の地図もそのほとんどが同じような形になっている。
安龍福の活動により、独島に対する正確な地理的認識が可能になった。18世紀以降、鄭尚驥の『東国全図』のようなタイプの地図は、朝鮮全図や道別地図で于山島が鬱陵島の東または東南に位置し、正確に独島の位置を認識していたことを示している。また、独島と鬱陵島の形も、楕円形よりは今日の形に似た円形に近い形になった。
19世紀後半に制作されたと推定される『海左全図』は、鬱陵島、于山(独島)を表示している。『海左全図』の余白には韓国の歴史と共に、主な島の由来も記録されている。

 
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