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我が永遠の領土、独島(中学生用)


探究学習2[教え方の説明]

資料 1 『三国接壌之図』
『三国接壌之図』は、日本の実学者である林子平が描いた地図で、各国別に色を変えて表示したのが特徴である。鬱陵島と独島を朝鮮と同じ黄色で表示しただけでなく、その横に「朝鮮のもの」と書いて、朝鮮の領土であることをはっきりと示した。
日本は無人島であった小笠原諸島(約80個の島で構成された日本南部の諸島)の領有権をめぐってアメリカと紛争していた1860年代に、ドイツの東洋学者であるクラプロート(Klaproth)が翻訳した『三国接壌之図』のフランス語版を証拠として示したことがある。この地図は、小笠原諸島は日本の領土だと規定しているが、鬱陵島と独島などは朝鮮の領土と表記している。
『三国接壌之図』(1785年)
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資料 2 『朝鮮東海岸図』
1854年に朝鮮の東海岸に対するロシア軍艦の探査結果をもとに、ロシア海軍が1857年に初めて発行したものを、1876年に日本海軍省が軍事作戦用に再発行したものである。
朝鮮半島の東海岸の入り江と海岸線、鬱陵島と独島が付属島嶼として詳しく描かれており、独島が朝鮮領であることが明確に示されている。
『朝鮮東海岸図』
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資料 3 『朝鮮国地理図』
1592年の壬辰倭乱(文禄の役)の頃、豊臣秀吉の命令で九鬼嘉隆などが制作した地図で、「八道総図」と「江原道」別図に鬱陵島と于山島(独島)を表記した。現在発見されている日本の地図のうち、鬱陵島と独島を朝鮮式の名称で表記した最初の地図である。
㋑ 『朝鮮国地理図』の中の「八道総図」
㋺ 『朝鮮国地理図』の中の「江原道」別図
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資料 4 日本最高の古地図に独島がない!
近代日本地図の始祖である伊能忠敬が、日本全域を10回に渡って測量し、1821年に完成させた『大日本沿海輿地全図』と、これをもとに作った『小学必携日本全図』である。『大日本沿海輿地全図』は独島と隣接した佐渡島や対馬は表示しているが、独島は表示されていない。『小学必携日本全図』も南千島までを日本の領土として表示しているが、独島は表示されていない。
-『東亜日報』、2004年10月27日付-
㋑ 『大日本沿海輿地全図』
㋺ 『小学必携日本全図』
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探究学習 2
1.上の地図を時期の順に並べてみよう。[答え]
2.資料1を読んで、この資料をもとに韓国が日本に対して主張できる内容を発表してみよう。[答え]
3.日本が資料2と資料3を作った主な目的について発表してみよう。[答え]
4.資料1~4を見て、日本が独島に対する領有権を主張した時点について発表してみよう。[答え]
 

 
教え方の説明
鬱陵島と独島に関する日本側の地図を配置して、日本人が鬱陵島と独島を韓国の領土だと認めていたことを説明し、この地図を時期別に並べるようにした。日本の領土を描いた日本最高の地図にも明らかに独島は含まれておらず、韓国を描いた地図に鬱陵島と独島が表示されているという事実を説明する。さらに、壬辰倭乱(文禄の役)の時期の地図には、鬱陵島と独島を朝鮮式の名称で表記しただけではなく、対馬も韓国の領土として表記していることがわかるようにする。
特に『三国接壌之図』には、鬱陵島と独島の横に「朝鮮のもの」と書かれており、鬱陵島と独島が朝鮮の領土とはっきりと認識していたことをわかるようにする。この地図のフランス語翻訳版をアメリカとの領土紛争において証拠資料として使用したことを強調し、対馬も朝鮮と同じ色で塗られているという最近の研究結果も紹介する。
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答え
1. | 資料3 | → | 資料1 | → | 資料4 | → | 資料2 |
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答え
2.西洋で制作された様々な地図に、独島が韓国の領土として表示されているから、独島は韓国の領土だ。
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答え
3.日本が| 資料3 |の『朝鮮国地理図』を作った理由は、1592年に豊臣秀吉が朝鮮侵略を準備する過程で朝鮮内部の事情を知るためで、| 資料2 |の『朝鮮東海岸図』もまた、朝鮮を侵略する目的で朝鮮の海岸地域についての情報を収集するためであった。
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答え
4.早くても19世紀中期以降だということがわかる。
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